日本流の真髄 和のプロトコル
普通の人は なまじ知らないほうが良いかもしれない…。  日本史の底流にある「和のプロトコル」を今ここに公開!
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DATE: 2008/04/01(火)   CATEGORY: 本物
技術の中に息づく和
今日は技術の和について。。。日本は、世界でも有数の高い技術力を持った国であることは衆知の通りですね。電化製品をはじめ、安く多機能をもった品物が常々新製品として市場に出回り、店頭で買い物をする時は、いろいろ悩んでしまうものですね。

また、下町の個人工場(こうば)などは、稀に世界を驚かせるほど、繊細かつ高等な機会や部品をつくり、時にはスパイが窓から工場の中を覗いていたなんて噂もあったくらいです。
この技術力の高さは昔からのもので、かつて1543年に種子島に入ってきたたった2丁の鉄砲が自国の生産のみで数十年後には世界一の流通量となるなど、その応用性と、技術力がいかに高かったか、歴史からも証明できるわけです。

では、何故、これほどまでに高い技術を持つことが出来るようになったのか、これは日本人が高い応用力をもっているに他ならない事ですが、もうひとつ掘り下げて考えて見ようと思います、なぜそんなに高い応用力があるのか・・それこそ和のなせるわざだと思うのです。

例えば和菓子職人が新作のおだんごを作ったとします。しかし、そのおだんごに対しまわりの人たちが「甘すぎる」と言いました。
そのとき、菓子職人はまわりの意見を受け入れ次に「甘さを少しひかえた」改良型のお菓子を作るでしょう。食べる人の気持ちになってより美味しいものを作ろうとするのです。

しかし、一般的に言えばそうはいきません。菓子職人が甘いお菓子をつくった、「甘すぎる」と周りが言った。当時砂糖が貴重だった時代であれば、甘いものが食べられるだけマシだ、これが美味しい味なんだ、と作られたものにまわりがあわせていくのが一般的なのです。

さらに別の事例。コップの取ってに多少違和感があったとしましょう、しかし、持てれば問題ない、一般的には使えれば問題ないのです。それを日本人であれば、さらに持ちやすい取っ手に改良していく几帳面さをもっているわけです。

常に使う側の立場に立ち、改良をかせねていく、この積み重ねこそが高い技術力になったのではないでしょうか。これぞまさに「和」の産物では…。

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