日本流の真髄 和のプロトコル
普通の人は なまじ知らないほうが良いかもしれない…。  日本史の底流にある「和のプロトコル」を今ここに公開!
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DATE: 2008/05/13(火)   CATEGORY: 本物
逆説の「和」
今まで日本の和のすばらしさについて語ってきました、日本人が持つ和というものがいかに美しいものかというのが少しでもお分かりいただければ幸いです。

さて、このように日本の良さの象徴である和、しかしこの和についても美しいばかりとっはいえない。。。当然、欠点が存在するのである。次回からは、そんな和の欠点について語っていきたい。さて今回はその前準備として和の発動条件について語ってゆきたいです。

和の発動条件、和というのは人の心であり、そこらじゅうに転がっているものではない、和が発動するにはそれなりの条件が必要となります。

1.個人が和の心をもっている事
2.それら個人が二人以上互いに接触できる状況にある事。
3.2の条件を満たしていなくても環境的に和が発動できる条件である事。

1.最初に言った様に和とういうのは人の心であり、個人個人がもっているものである、しかしながら人によっては悲しいかな、この和を持っていないひともいる。利しか求めない人や、自我だけの人、欲求だけの人、こういう人も存在する、和の心が無ければ和は生まれないのである。

2.和の心を持った人がひとりだけであった場合、和は生まれない。何故だろうか例えてみる。

例えば和の心を持った人と自我しかもたない人がいたとする、和を持った人間は相手の事を考えるが、自我を持った人間は自分さいよければいいと思う。そうなればどうなるか、そこにはただ、奉仕する方と、奉仕される方という一方方向の関係しか生まれない、これはすでに和ではない。互いをおもいやらなければ和は存在しないのである。

3.発動できる環境とは。・・・例えば有る家の前を通る時、家の前に干してあったシーツが風で飛んだとする、思わす拾い竿に戻す、つまりいいことをしただけである。誰からも気づかれない、誰からも褒められない、いわば陰徳という行動である。これは、洗濯物を掛けた人を気遣う、和である。

以上のように和の発生する条件を大まかに述べた、しかしこれらのバランスが崩れると、和は簡単に壊れてします。次回からはこんな和の欠点について語ってゆきたいです。

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