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日本流の真髄 和のプロトコル
普通の人は なまじ知らないほうが良いかもしれない…。  日本史の底流にある「和のプロトコル」を今ここに公開!
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DATE: 2008/04/11(金)   CATEGORY: 本物
幕末にも発揮された和。
大河ドラマ「篤姫」が始まり、また幕末人気が再度沸騰するような気がする感じ。ペリーの黒船来航以来、徳川幕府を中心とした当時の日本は未曾有の危機に晒されていました。何が危機?…と思われるかもしれないが、日米友好通商条約(これもひどい内容だが)などはあくまで結果論であり、一番最悪な状況としては、他国の領地や植民地になる可能性もありえたのである。

実際、英、物、米、蘭などがアジアでどんどんと植民地を増やしていた時代である。まして、東の小国、日本がその恐ろしい牙にかからないなんて保障があっただろうか?当然、日本に入ってきた、各国の外交官はおそらく最大、植民地化が狙いだったのであろう。

当時、鎖国で文化も遅れていた日本が何故、どこの植民地にもされず、しかも外国の文化を取り入れ文明開化までがなせたのか?。。。ここに、「」の真髄を見る事ができる。日本人は、最初のペリーの黒船来航には驚いたが、その後、日本にやってきた各国の外交官たちとは対等かつ積極的に対応し、各国の技術をいちはやく身に着けていった。日本人が得意とする、異端なものを取り入れ自分たちの文化に融和させる事がここで発揮されたわけである。

これにより、新撰組などの古来のからの剣術などで戦うもの達と、最新の銃器をが交じり合う、時代上稀に見る、戦が行われた。。。薩長はイギリス、幕府はフランスと組み最新の武器を惜しげもなく買い軍備を強化していく。他国の技術を認め、それに惜しげもなくお金を出す。これほどまでに柔軟でかつ恐れを知らぬ対応ができるのも日本人だからでしょう。

また、幕府と薩長が戦い続けて互いに武力が消耗すれば、外国の思う所であっただろうが、これも江戸城の無欠開場や大政奉還などで丸く収まってしまいます。西郷隆盛、勝海舟、坂本竜馬など志士たちが「」をもって戦に持ち込まぬ解決方法で対応し、ここに日本流の真髄が見られる。(日本の底力

この数千年、どこの国にも従属する事無く、そしてまた、取り入れた文明を有効に発展させて来た裏にはこのような「和」と言う日本流の真髄があったからこそだと思います。

古来の精神があったからこそ日本として文明開化ができたのではないでしょうか?

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