日本流の真髄 和のプロトコル
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DATE: 2008/04/06(日)   CATEGORY: 日本神話
流された蛭子はどこへ!?
こんばんわ。今日は神話物の続き。前回は、イザナギイザナミが大八島を生んだわけですが、今回は、最初に生んだ子供、蛭子がどうなったのかを検証していきたいと思いますね。二柱の神様が最初に生んだ蛭子は、3歳になっても手足が立たず、葦舟に乗せられ流されたわけですが、神話を記した主な書物「古事記」や「日本書紀」ではここまでしか書いておりません

本当にここまでだったのでは、寂しい話になってしまいます。。しかしです、この「蛭子の尊」地方に伝承が残っているのです。流された葦舟は波に揺られながら海をさ迷ったあと、ある場所へたどり着きます。そこは当時、西浦とよばれた海岸。。。蛭子の尊はそこで地域の人々に拾われ、大切に育てられます。そして、そこで呼ばれた御名は、夷三郎殿(えびすさぶろうどの)そして成長した三郎殿は海の神様として信仰されていくのです。

とは、蝦夷など未開や異端の地を現しますが、この当時は客神(まれびとがみ)を持ちます。お客様として迎えられる神様。地域の人々が、いかにこの神様を歓迎したかが伺えます。さて、夷三郎殿、もうお分かりの方もいらっしゃるかも知れませんが、後に商売繁盛の神様えべっさんとなるわけです。そしてこの西浦はお宮が建てられ、西宮と呼ばれるようになります。そう、ここに建ったお宮こそ、恵比寿様の総本社、西宮神社ですね。

恵比寿様は日本の神様でも非常に人気の高い神様で、日本神話のみから唯一七福神に入っています。最初に生まれた神様でありながら辛い経験を乗り越え、最も庶民に愛される神様となった恵比寿様。非常に感動する話のひとつですね。

また、ヒルコは蛭子の他に日子とも表され、太陽神を表すともいわれてます。太陽神といえば天照大神様を思い浮かべますが、僕は、最初に生まれた神様として庶民の同じ背ををもった神様として、使命をおびた神様ではないかと思うのです。

格の高い神様が人々と最も身近な場所にあり慕われている、これも「和」をもった日本の考え方だと思います。本当に信頼を築ける国だったのですね。
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