日本流の真髄 和のプロトコル
普通の人は なまじ知らないほうが良いかもしれない…。  日本史の底流にある「和のプロトコル」を今ここに公開!
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DATE: 2008/05/29(木)   CATEGORY: 本物
「和」が刃物と化す時
さて、今回は「和」についての恐ろしさを語りましょう。和というものは時として対象物を攻撃することがあります。「和」がどういう時に変貌するのでしょうか?

信頼関係を大切にする「和」にとっての一番の大敵は、やはり独裁者であります。独裁者的な人物が現れた場合、「和」はその人物に対してのみ攻撃要素をもつのであります。どのような方法で行われるのか?

「和」は「和」らしく恙無い方法で攻撃を行います。歴史上で言えば「暗殺」が多いですね。織田信長をはじめ歴史上で独裁体制をひこうとした人物は暗殺の憂き目にあっています。

暗殺とはいかなくても、必ず首座からは引きずり下ろされるわけであります。かつての日本の歴史で独裁者などが殆ど存在しないのはそのためであります。こうして日本はなにからも崩される事なく独自の文化が形成出来たのです。「和」が均衡を保ち発展の円滑材となったわけですね。

みなさん、覚えておいてください。このように、「和」にも攻撃性は存在するのです。

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DATE: 2008/05/25(日)   CATEGORY: 本物
「受信者責任型文化」を考える
今日はこんな話題から。
5月25日の産経新聞朝刊に面白い記事が載っていた。15面の「歴史に遊ぶ」というコラムだ。記事の引用が出来ないようなので、感じ入った部分のみ抜粋して、概略を伝える。

京都外大のジェーフ・バーグランド教授は日本文化を「最も強い受信型」だと論じている。これを何故かといわれれば、「その場の空気を読めないことを非難するKYという言葉を生む」というとのことである。確かに海外からみればそのように捉えられているのだなと、つくづく感じる。

同氏は「屋内で靴をぬぐ習慣。習慣などで、足の裏から温度や床の状態などが変化する情報を得る、特定ではないが自然変化に富んでる風土がこういう文化を生んだのではないか」としている。

そしてこの意見に対し、静岡大学の小和田哲夫教授がこれらの文化は「気遣い文化」であり「気遣い」を「気働き」という言葉に置き換え戦国時代の武家社会が源流ではないかと論じている。小和田氏は戦国時代研究の第一人者であり、そういった意味でも非常に興味が深い。

同氏が言うには、かつて武家社会はゆるやかな主従つながりをもっており、戦場に兵士を集める為にはいわば主人が兵士達に気遣いを行っていた時代だった。それを変えたのが織田信長であり、信長は独自で雇う職業武人を作り、主従関係を強め、秀吉の時代には、これら武士団を伝来の土地から切り離し、主君に従わなければ再就職がままならない状況を作ってしまい、そこで受信者(気遣いを行うべき人)が上から、下へと入れ替わったと論じている。

さらに、これ強固にしたのは徳川家康であり、一つの部署を複数人数の奉行で担当させるなどして、奉行等を互いに競わせ下克上ができない状況にし、そこから、職場の空気をよめなければならないという時代が幕開けしたという見解だ。ただ、ここで私が考えるのは。この受信者責任型文化というのは、日本らしさの源流とは多少の開きがあると感じるのだ。

私が論じている「和」の考えは互いに信頼を置き、その中で互いの意を察する文化をいう、しかしながら、この受信型責任型とは、名の通り、責を負ういわば目に見えぬ鎖が見え隠れするのである。人の和に責というのが存在するのか、ここは非常に疑問である。これは以前にも書いたが、「和に似て非なるもの」で、日本文化のいわば支流ではないかと思うのだ。

これについては、またいずれ時期が来た時に語ることとする。ただ、ひとつ最後に言うが「KY」という言葉を持ち上げる。こと自体現代は異常だといっておきたい。

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DATE: 2008/05/24(土)   CATEGORY: 本物
和の壊れた日本、-新聞記事より?
19年度労災認定 過労自殺最多81人 5月24日 産経新聞朝刊より
記事
http://sankei.jp.msn.com/life/body/080523/bdy0805232024005-n1.htm

朝、新聞を読みながら思うところがあったため、緊急提言で書いてみたい。このところ、仕事上の過労などで自殺に至るなどの記事が増えている。仕事上のストレスから精神病をわずらい、自殺に至る。最近このパターンが非常に多いようだ。

よくこういう記事を見て、精神力が弱いから自殺をするんだ、なんて考えている人もいるようだが、まったく、とんでもない勘違いをしていると憤りを感じてします。最近の自殺の増加、これこそ和の減少が見られるのではないだろうか。

和は互い同士の信頼関係を生む、高度経済成長期などはまだ、これら和が残っており、信頼関係の上、相互理解において仕事を行っていた。しかし最近はどうだろうか?

名ばかりの管理職を与え、サービス残業をさせるなど、どう考えても、信頼関係が結べない、経営方法が目立つ。


これでは、和は壊れ、臆病、不安が残る、日本人は根が真面目なところもあり、懸命に働くが、和がないため、誰にも相談できずに、そのうち自分を追い詰めていく。そして、精神的におかしくなる、酷い場合は死の道を選んでしまう。

壊れた和は陰転すれば、恨みとなる。

恨みや不信感が漂う世の中は決していい世の中ではない。崩壊していくだろう。やはりこういった事例も、和が壊れている、状況としてせつにうけとっていくべきではないだろうか。非常に重要な状況である。

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DATE: 2008/05/21(水)   CATEGORY: 本物
「和」の分解が起こした、外交
和というものは、分解された時、マイナスに働く事があるといった。それは外交面だということもいった。
では最近の事例をを考えてみよう。

私が考えるに、一番新しいのはパンダ外交の事だろう。今回、中国から胡 錦濤国家主席が来日をした。その時、福田康夫首相が行った外交方法については、まだ記憶に新しいだろう。

油田問題、有毒食物輸出問題、チベット問題など多々解決すべき問題をもっていながら、つがいのパンダをレンタルの確約をしたという何の成果もない、外交であった。挙句の果てには、卓球の観戦において、参戦した胡 錦濤に対し「戦略的な・・・」なんてコメントを行ったり、見ていて唖然とする外交であった。

これこそ、「和」をなくした日本の現首相の姿である。和が分解されたのマイナス成分である、臆病さや不安さがあおり、媚びた外交しか出来ない、私はそう考えている。

国際社会は「和」をもっていない、有毒食物輸出問題においても非を認めないのがれっきとした証拠である。今後、国際問題についても時間があれば語ってきたいと思うが、多くの国が非を認めたら負けなのである。

そういった国際社会の常識では考えられない、相手にただ媚びるだけの外交、これこそ和をいい加減に活用し壊してしまった結果ではないだろうか。今回の外交の不服をいうための紙面ではない為、ここまでにさせていただくが、これだけは言える、国際社会においては「和」はもろい。


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DATE: 2008/05/19(月)   CATEGORY: 本物
昨日の篤姫
篤姫も江戸城大奥に入りだんだんと面白くなってきましたね。とくに今回のからの注目は「篤姫 対 お志賀」の正室側室ライン 「幾島 対 滝山」の御年寄ラインそして徳川家定の器の是非になってくるでしょう。

とくに幕末動乱の時代において、この徳川家定はどのような視点で政治を見ていたのか、暗君のように振舞っている名君であるのならば、そこが物語りの面白さになってくるはずです。

また、大奥という場所は政治の裏舞台として、大きく関わってきた場所、女性の戦場。将軍の正室といえど、ライバルはいっぱいです。

ここをどう切り抜けていくのか、篤姫の腕が問われます。しっかし、今回は池に落ちそうになった篤姫を家定が抱えたシーン、正直あそこが一番面白かったですね。これからが楽しみです。

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DATE: 2008/05/18(日)   CATEGORY: 本物
「和」の欠点その1
今日は「和」の欠点について述べていきましょう。欠点が今の日本では顕著に現れています。それは何故なのか?一番の大きな要因は何より国際社会になったことです。

その理由とは?国際社会になるだけで「和」の欠点が出てくるのでしょうか?それは文化の違いですね。みなさんご存知の通りこの場所ではいつも述べている事です。「和」は日本独特の文化であり、気風なのであります。では、逆に考えてみましょう。海外には「和」の文化は根付いて無いのです。また、あまりみられませんね。

そしてここに大きな欠点が発生します。「和」を中心として育ってきた日本人にとっては突然やって来た国際社会、文化の違いが「和」に通用しないのです。2人の人間いづれかが「和」のこころを持っていない場合はもちろん成立しません。

「和」のこころを持っていない人間は「和」の持つ良点であるやさしさ・おくゆかしさが通用しません。その時「和」の弱点である臆病・不安が強く現れてきます。日本には「相手の顔色を伺う」なんて言葉がありますがこれこそが日本人を表している言葉のなです。

臆病と不安を持っているから相手の顔色を伺う訳でありますね。1対1で対する場合「和」を持った人間はそうするしかないのであります。何故なのか?



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DATE: 2008/05/16(金)   CATEGORY: 豆知識
日本人の豆知識・・・盛り塩
今日はブレイクを一つ。よく家の前に盛り塩がしてあるとこを見ますよね。あれってなんだかわかります?

塩には清めの効果があるので、ひとえに言えば結界ですよね。でも、あれってお店の前にしてある時は客寄せの効果があるんです。平安時代のお話、当時はお塩は海から運ばねばならぬほどの貴重品でした。

そんな貴重な塩を平安貴族の女性はわざわざ家の前に盛ったわけです。なぜでしょう。それは高貴な男性が乗った牛車が自分の家の前で止まるんです。牛が盛られた塩をなめるんですね。そしたら牛車が止まる、高貴な男性が自分の家へ駆け込んでくるというわけで、今でも高貴な方の足止めとしての効果があるんですね。

以上ちょっとした豆知識でした。

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DATE: 2008/05/15(木)   CATEGORY: 本物
「和」の成分分解
さて、今回からは和の欠点について本格的に語って生きたいです。前回、「和」の発動する条件を提示しましたが、それらの条件が満たされなかった場合、「和」はすぐに壊れてしまいます。

さて、どのように壊れてしまうのでしょうか? 

「和」はいわば日本人の生き様を濃縮したものである。それらが壊れた場合は、各成分に分解されてしまいます。

どんな成分なのか? 私はこう考えます。おくゆかしさ、やさしさ、そして、臆病、不安。おおまかにこれらに分かれるのではないでしょうか?

そしてさらに、環境によってこれらの成分は妬み、恨みにも変化します。「和」というものは実に複雑なものなのです。。。。壊れた跡は当然、「和」ではなくなりますね。

そう、「和」の欠点は壊れやすい事、そして、壊れた時にはじめて負の成分が現れるという事であります。これらの成分が日常茶飯事に影響を与える事も非常に多いのです。どのような影響を与えるのでしょうか? 次回例を用いてお話しようと思います。

最後にもう一度言います。「和」は壊れやすい。。。のです。

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DATE: 2008/05/13(火)   CATEGORY: 本物
逆説の「和」
今まで日本の和のすばらしさについて語ってきました、日本人が持つ和というものがいかに美しいものかというのが少しでもお分かりいただければ幸いです。

さて、このように日本の良さの象徴である和、しかしこの和についても美しいばかりとっはいえない。。。当然、欠点が存在するのである。次回からは、そんな和の欠点について語っていきたい。さて今回はその前準備として和の発動条件について語ってゆきたいです。

和の発動条件、和というのは人の心であり、そこらじゅうに転がっているものではない、和が発動するにはそれなりの条件が必要となります。

1.個人が和の心をもっている事
2.それら個人が二人以上互いに接触できる状況にある事。
3.2の条件を満たしていなくても環境的に和が発動できる条件である事。

1.最初に言った様に和とういうのは人の心であり、個人個人がもっているものである、しかしながら人によっては悲しいかな、この和を持っていないひともいる。利しか求めない人や、自我だけの人、欲求だけの人、こういう人も存在する、和の心が無ければ和は生まれないのである。

2.和の心を持った人がひとりだけであった場合、和は生まれない。何故だろうか例えてみる。

例えば和の心を持った人と自我しかもたない人がいたとする、和を持った人間は相手の事を考えるが、自我を持った人間は自分さいよければいいと思う。そうなればどうなるか、そこにはただ、奉仕する方と、奉仕される方という一方方向の関係しか生まれない、これはすでに和ではない。互いをおもいやらなければ和は存在しないのである。

3.発動できる環境とは。・・・例えば有る家の前を通る時、家の前に干してあったシーツが風で飛んだとする、思わす拾い竿に戻す、つまりいいことをしただけである。誰からも気づかれない、誰からも褒められない、いわば陰徳という行動である。これは、洗濯物を掛けた人を気遣う、和である。

以上のように和の発生する条件を大まかに述べた、しかしこれらのバランスが崩れると、和は簡単に壊れてします。次回からはこんな和の欠点について語ってゆきたいです。

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DATE: 2008/05/12(月)   CATEGORY: 本物
言葉と「和」4
最近は若者たちが略語を街中で話しているのをよく耳にします。みなさんもご存知と思いますが「k・Y」なんて言葉まで出来上がってますね。

略語が流行り有名人達もテレビ等のメディアを介し使っているこの頃ですね。しかしこのような略語には色々と考えさせられるものがあります。

k・Yを今回は取り上げて見ますね。今でこそ空気が読めないとか空気を読めとか。。。いろいろな解釈はあるみたいですが、古来の日本であればそのような言葉はなくむしろ空気や雰囲気と同調することが普通に出来ていたと思います。「和」の真髄が見られており、誰もが和んでいたんですね。

略語や新しい言葉を作ることは良い事ですが言霊の大切さを忘れているように思えます。歴史としても非常に悲しいことです。

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DATE: 2008/05/11(日)   CATEGORY: 本物
言葉と「和」3
今日は言葉の続きから。日本をよく「言霊の国」とか「神霊の国」という表現が使われることがあります。言霊信仰と言われるもので、これは発した言葉が実現するという考え方ですね。

だからこそ当時の人々は言霊を恐れまた敬い生活と共にあったわけです。だからこそ古来日本には呪術や安部清明に代表されるような陰陽師などがありました。身近に有り常に大事な意味を持っている「和」があったわけですね。

そして言霊に力があるためけんのある言葉は口に出さなかったのですね。言霊に秘められた力、日本流の真髄が見られます。

そしてこの言霊信仰こそ、人と人とのコミュニケーションをさらに強く・スムーズに行うことが出来るものです。当時の人々がいかに神々を敬い、言葉を大切にしていたかがわかると思います。奥ゆかしくまた真髄が見られます

こころを動かすのも言霊。みなさんは言霊大事にしてますか?

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DATE: 2008/05/10(土)   CATEGORY: 生活と「和」
言葉と「和」2
今日は昨日の続きから。言葉の中に隠されている「和」は方言にあります。何年かに一度は方言ブームがやってきますね。方言を用いた歌もよく出てますしね。

これは県民性に通じるものだと思います。その地域により少し違った言葉を使用することにより地域ごとの絆と「和」が大きくなるものでありそこに根付いていきます。

日本というのは郷土・集落が集まり大きくなった国であります。またそれを強くつなげることが出来るのが方言であり共有出来る日本流の「和」だと思います。

みなさんは方言大事にしてますか??
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DATE: 2008/05/10(土)   CATEGORY: 本物
言葉と「和」
日本の和を語るうえで、切手も切り離せない事、それは何といっても言葉というものでしょう。言葉自体は生活とともにあり、私達が行える身近なコミュニケーションです。今回はそんな言葉と「和」の繋がりを何回かにわけて探っていきたいと思います。

さて、まず第一回目の今日は、尊敬語と謙譲語について考えていきたいと思います。「言う」という言葉だと尊敬語なら「おっしゃる」謙譲語なら「申す」このように日本では3通りの言葉を使います。

「言う」という言葉だと尊敬語なら「おっしゃる」謙譲語なら「申す」このように日本では3通りの言葉を使います。これは、英語をはじめ他の国にはみられない事で、日本独特のものです。これは日本独特の相手を立てて自分は一歩下がるという精神があるからこそ、成り立つ言葉だと私は思います。

かつてはこれらの言葉を日本人は自然に真心で使いこなしていた。これは非常にけなげではないですか。しかし、最近はこれらの言葉を使えない人が多くなったり、また、違う意味で取られたりという状況です。これは非常に悲しいことです。

言葉はお国柄を表す最たるもの、もっと学校教育でも尊敬語、謙譲語の真の意味を教えていってほしいですね。

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DATE: 2008/05/08(木)   CATEGORY: 本物
倭と和
読書好きの私はよく井沢元彦氏の「逆説の日本史」を読んでいる。彼の本は大変興味深く私の愛書となっている。この本の中で「和」を題材にした関連が取り上げられている。

かつて日本は「倭国」と呼ばれており、井沢氏はこの倭こそが和と読み変えられ和を示すものだといっている。このフレーズを読んだ時、この意見に深く共感を覚えた。。

日本には古来より言霊というものがあり、言った言葉には魂が宿るという。和という言葉自体がそういった言霊信仰に当てはまっているのであれば、国自体が「和」を表しまた至るところに日本流の真髄があったのではないだろうか?

このような話に私は浪漫を感じてしまいますが、みなさんはどうですか?

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DATE: 2008/05/07(水)   CATEGORY: 生活と「和」
平仮名と「和」
日本の「和」を語る上で私は最も感銘を受けたものは平仮名の存在だと思います。平仮名は我々になじみの深いものであり、この平仮名にこそ日本流の真髄が現れてると思います。みなさんは平仮名についてそんな感じ受けたことありますか?

古来、大陸より伝えられた漢字は日本に文字という文化をもたらしてくれました。それは日本にとって大変画期的であり、且つすばらしいものでした。最初は一文字で音訓の両方の意味がありそれをうまく受け入れて対応していました。しかしこの漢字、非常に使いづらいのが現状だったと思います。

そこで、漢字を受け入れつつ改良し新しいものを作り出し、出来上がったのが平仮名だと思います。日本流の真髄が発揮され、ここに平仮名が誕生するのですね。漢字を覚えるだけでも大変な作業ですからね。

そして、最初は女性が中心となり平仮名を使用し、それがそのうちに多くの人々に使われる様になっていきます。平仮名が多く早く広まった理由は女性のやさしさだと思います。
ここに「和」のプロトコルを感じることが出来ますね。

我々の身近にあるものは「和」を感じることの出来るものばかりだと思います。みなさんはどう思いますか?

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DATE: 2008/05/06(火)   CATEGORY: 本物
連休に見つけた「和」
今日はゴールデンウイークの最終日。明日からみなさん仕事や学校ですね。今日はこんな話をひとつ。田舎のおばあちゃんの家を訪れ何気ない近況報告から始まり世間話まで。。。年に数回会えるか会えないかを楽しみにしてくれてましたよ。

筍ご飯を作ってくれて、おはぎも用意して待ってました。私がお土産を渡すと満面の笑みで暖かい「和」を感じました。やはりいいですね。日本流の「和」。人と人の「和」。たまになのにいつもいる感じで違和感なく話せ、また聞いてあげる事が出来る事。

連休はおばあちゃんに続いて家族や友人達と会い、改めて「和」の真髄に触れた連休でした。皆さんはどんな連休を過ごしましたか?

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